日々旁午

2004


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本日20日で丸1年になる。熊取町で吉川友梨ちゃんが行方不明になってからである。誘拐であろう。何台か不審な車があるらしい。残念ながら決定的な解決にはほど遠いらしい。この町によくいくワタクシは、友梨ちゃんの写真が町のあちこちに掲示されているのを見るたびに心を痛めるのであるが、長期化すればするほど証拠が消えていくし、記憶も薄れていく。事件が風化されないことを祈る。下のリンクを参照してほしい(5/20)

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いやー、まだPC調子悪く、まいってます。更新はちょっと今日は控えます。なんというか、動きがにぶいんですよね(5/19)

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「いまからお配りする教科書は、1セット21万円です」と説明されたら、購入にしりごみしてしまう。大田市が悩むのも無理はない。英語特区の中高一貫校が、「構造改革特別区域研究開発学校制度」を活用しようと試み、悪戦苦闘した結果がこれである。著作権料、人件費など、もうけなしで試算し、かつ翻訳も自らの手で賄ってもこれだけかかるそうである。教科書を改めて英訳し生徒に手渡そうとする意気込みはいいが、金銭的に無理な相談で、空回りする。20万円以上の負担に耐えうる家庭ばかりでないのは、いうまでもなく、ここまでして効果があがらなければ、それはまた批判を浴びることになろう。スーパーイングリッシュスクールを実現するのも予想以上にカネがかかるのであるなあと驚かされた。しかし、それ以上に、著作権料の高額にビックリした。挿絵や写真で5000万円を上回るのである。改めて検定済みの教科書のありがたさがわかる。高知の運動は、21世紀においても恩恵を与えつづけている。文部科学省が著作権を持つ検定教科書は、それら著作権料を税金で賄っているわけなのか。国民の教養水準の維持向上にためにはこれだけカネがかかるのか、教育の公共性と一言で済ませがちな、ワタクシを含めた教育を論ずるものは、反省しなければならないと思われる。ではもっと安く仕上げるために教科書を各学校で作ればどうなのであろうか。それは教育の中立性を守る立場から、絶対できないことになっている。大学ならば可能でも、義務教育では無理である。国家が公教育を準備するとは、そうした「教育内容」の厳選、あるいは何を教えるか素材の採用の「統制」も実施しているといえる(5/18)

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一昨日、広島の学習会に参加されたみなさま、お疲れさまでした。2回目とあって、ガチガチにならず、ほどよい緊張感を保って講義することができました。ありがとうございました。時節柄、球技大会などの行事との重なりがあり、欠席が多かったのは残念でした。そうした中、参加され、アンケートに協力していただき、貴重なご意見をいただくことができました。レジュメに書きましたように、第3回以降に反映させていく所存です。以下少し、このアンケートに応えるかたちで述べます。まず、学習会のスタート時間について述べます。もっと朝早いスタートを、とのコメントをいただきました。ワタクシ一人の問題でしたら、大阪をもっと早く出発すればよいでしょう(現在、07:03新大阪発です)。しかし、広島全県からご参集されるので、設定された開始時間は妥当なところと思っています。福山や三次、島根との県境からも参加されることを慮れば、終了時間も午後3時がいいと思われますが、いかがでしょうか。次に、開催回数ですが、計画上、月2回は苦しいと思われます。広教組の方も、会場手配に尽力下さってますし、もし来年度もこの広島の学習会が継続するとすれば、そのときの課題となるでしょう。駅に近い会場は、教室狭く断念されたようです。しかし、駅までの「送迎」(迎はありませんね)など、広教組の方々は一生懸命なされていると思います。今回周知できませんでした4回目の学習会の日時は、会場手配の問題で、変更することはないようです。お伝えいたします。みなさま、レジュメにつきましては、おおむねよい印象を持っていただいているようです。予想問題を中心に次回からも工夫を凝らして作成していくことにいたします。受講生のみなさまの学習の程度によって、講義の難易の受け止め方は変わるでしょう。ただアンケートにおきまして、レジュメの内容について「ちょうどよい」の数が大半でしたことからしますと、今後もこのようなスタイルを踏襲しようと考えております。最後に、勉強会の出欠につきましては、必ず広教組の方に連絡をしていただきたいです。そうした責任感は持っていただきたいと強く願います。なぜなら、せっかく参加されると思って買ったお弁当がムダになるからです。これが一番の問題というわけでもないですが、よろしくお願いしますね。今回も添削希望論作文を多数承りました。早く返信できるよう、努力いたします。お待ち下さい。また、15日は論作文を返却できず失礼しました。実は、その理由は、PCパニックにありました。PCの環境修繕にオロオロしていたワタクシは、お預かりしていた論作文を「カバンにいれた」つもりになっていたのでした。PCパニックとは、以下のようなことです。旁午読者のみなさまには、「緊急告知」をみていただいたと思います。どうやら、原因は、ノートンのインターネットセキュリティにありそうです。なんとか、みっどさんのありがたいご教示によって、メール送受信も可能となりました。また、IEの閲覧もできるようになりました。しかし、ハッカーからの攻撃に対しては無防備なままです。個人のPCにどれだけどこからアタックがあるのか、そのパーセンテージはかなり低いでしょう。そこまで心配しなくてもいいんじゃないか、とのお考えの方もいらっしゃるでしょう。しかし、当サイトは、単車のページもあるがゆえに、ヨーロッパやアメリカからのアクセスが相当あります。かつ、URLの特殊性ゆえ、海外の大学からのアクセスも定期的にあります。そうした海外のネットワークに多く接続されているということは、それだけ攻撃に備えなければなりません。事実、トロイの攻撃は過去数回受けているのです。こんな弱小サイトでも、みなさまからたくさんメールをいただいていますし、そうした情報、とりわけアドレスの漏洩は絶対に避けなければなりません。いま、ファイヤーウォールが機能停止状況にあります。これはきわめて無防備な状況です。アンチウイルスソフトとファイヤーウォールの双方があって、セキュリティが完全なものといえますから、いわば、「片肺飛行」状態なのです。ネット接続時間を極小にし、今週中には問題解決いたします。サッサーのプログラム作成者が逮捕された後でよかったです。捕まっていなければ、完全遮断しなければならないところでした。ところで、メール送受信可能ですので、定期勉強会の最終参加意志確認メールと場所のご案内も20日にはお送りいたします。広島へのレジュメ添付もOKとなりました。みなさま、お騒がせいたしました(5/17)

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みなさま、「うしろのこくばん」の「緊急告知」をご覧くださいませ。ワタクシ自身では、本日の更新がちゃんと行われているのかどうかモニターできない状況です。どなたか、レポートを、「こくばん」にいただけますでしょうか。まいっています。なお、メールの送受信ができない状況ですので、第3回の勉強会に参加予定のみなさまに、いまはメールをお送りすることができません。ちょっとパニックになっています(5/14)

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7月初旬の北海道を皮切りに、教採試験ははじまる。だから、もう1次試験まで、あと2ヶ月を切っている。残り少ない日々を学習に費やし、所期の目的を果たされるよう祈る。これからは、新しい問題集などには手をつけず、いままでやってきたものを繰り返す学習がいいであろう。それと、面接対策をしっかりするということである。面接試験では、何が要求されているのか。それには「答え」がある。そういうと不思議に思われるかもしれないが、実際そうなのである。「答え」とは、「面接官はあらかじめ答えてほしい内容をもっている。こういってくれればいいのになあと感じていることがある。それを話すこと」なのである。面接官と受験生の間に響きあうところがなければ、それは残念なことに「失敗の面接」なのである。したがって、予想されるべき質問事項を片っ端から抽出して、それに1分、3分で答えられる文章をまとめておくのである。その分量が多ければ多いほど、合格率はアップする。これはまちがいない。昨年、一昨年合格した受験生は、そうしたノートを何冊も作っている。合格者の宝物に違いない。もちろん、自己アピールなどは、こうした考え方の範疇から外れるが、それでも答え方にはコツがある。自己アピールとは、「私をとってくれると、あなたのところの自治体に、こんなメリットがありますよ」ということを述べるに尽きる。だから、つらつらとよしなしごとを書いても仕方がない。そうではなくて、「私はボランティア活動を何年もやってきた。だから学校教育活動内外で、児童生徒の体験的な指導ができますよ。だからとってください」なのである。また、「教育相談の技量を高めようと心理学を勉強し、カウンセリングマインドを身に付けました。臨床心理士の資格を持っています。だからとってください」なのである。つまり、「だからとってください」の「だから」の中身を箇条書きにまとめておき、面接で訴えるのである。大阪府や京都市のエントリーシートは、そういうことを書けといっているのである。もしも、何も訴えるポイントがなければ、これは相当危うい。数多くの受験生が受けにくる中で、無手勝流ではなんともならない。いままでの自分自身を見つめ直し、一生懸命取り組んできたことを、情熱込めて言葉にしよう。それが、面接対策なのである(5/13)

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本日は、地方公務員法の見直しと、小学校設置基準をアップしましたので、更新お休みいたします。「うしろのこくばん」の方へも、まとめてレスいたしました。みなさまからも、多様な質問に対し、コメントお願いいたします(5/12)

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マイスター、それは、たぐい稀な指導者に与えられる称号―CMの文句ではない。児童生徒に教えるのがウマイ先生に、この称号を贈り、給与の面でも校長と同格待遇にしようとするそうである。中教審は、いま、こうした制度が可能かどうかをはじめ、校長のマネジメント能力アップの方策についても議論を重ねるようである。つまり、「学校の組織運営」に関する経営議論のはじまりである。マイスターの称号は、どのような立場の教員でもほしいであろう。管理職につくより、あるいは魅力ある称号といえるかもしれない。若くして教員になれば、児童生徒とともに成長したいと考え、指導・支援したいとの初心をもつからである。それが公に認められるのであるから、最高だろう。とすれば、すべては教員評価が基礎になる。だが、そこに問題はないかどうか。だれしも児童生徒には気にいられたい。だが、厳しく指導しなければならない場面も多々ある。叱れない先生は、それはまたそれで魅力がない。気にいられたい感覚は迎合と紙一重であろう。こうしたけじめのつけどころがしっかりできること、それがマイスターを名乗れる資格であるといえよう。ところが、そうした判別を一体誰がするというのであろうか。校長?保護者?児童生徒?学校制度は評価のモザイクとはうまく形容したものである。教員に対しても、観点別学習状況の評価を採り入れるべきあろう(5/11)

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