やあ、来たな。待っとったで。

 なかなかうまくいかんときも、やったーって叫びたいときも、交互に来るもんや。うまくいかへんからっていって、落ち込みすぎるのは精神的にだけでなく、肉体的にも消耗するからだめやで。

 こんなときに、気を強く持てっていっても、そんなのは、馬耳東風やろ。わかってるわ。また、落ちて、笑っているようじゃ、いかん。淀川か南港いって叫んで来い。「あかんかってーん、来年とおったるわい」って。けど、ほんま、あんまし落ち込んじゃあかん。大声でがぁがぁ叫んで、まあ、2日か、3日か泣いて、あとは2学期末の試験でも作ろうや。

 「なると」にも書いているけど、挫折を味わって、苦しんで、先生になってんねん。みんな。

 このサイトをはじめたのは、もう何年も前やけど、その当時からずっと、ほぼ毎日みてくれていて、ようやく今年、この秋合格した人もいるんや。広島を合格したんやけど、そりゃしんどい道のりやったと思うで。人知れず泣いた日もあったやろうし、勉強が手につかなくて鉛筆をペキペキ折った日もあったやろう。経済的にもつらかったと思うわ。こんどの11月、広島の報告会にきてくれるわ。また、わざわざ広島から大阪まで勉強会に通って今年ようやく大阪府に受かった子もいる。ほんま大変やったやろ。でも、うれしいわ。

 ほかにもな、うまいこという奴がいて、10年かかって神戸市受かったんやけど、「福引の補助券10枚集めて、ガラガラまわしたら当たりが出た」っていってたわ。うまいこというなあっていって、そのときは笑ってほめたけど、その補助券には血と汗がにじんでんで。ほんま。あかんかったときの受験票あつめてトランプできるっていってた奴も、いまではこのサイトのこくばんマスターやってくれてるわ。

 なかなかね、うまくいかんもんなんよ。でも、チャンスは必ず来る。その日のために、くさらず備えておく気持ちを持つこと。この言葉を、「いまはひとの言葉など慰めにならへんで、うるさいわい」と落ち込んでいる君に贈る。そういう気持ちをいやというほど味わっているワタクシから贈る。なんでもかんでもうまくいくなら苦労なんてあらへんやんか。

 一方、合格した君へ。受かって浮かれること勿れ。受かるのが一概にいいとはいえん。なんでかって。そりゃ、現在の学校現場を知っているものなら誰でもそういうで。大阪府の学校で荒れてない学校は少ないで。最近も、テレビで東大阪の強烈な教員の素行を特集していたやろ。校長先生も引責辞任して、すっごくかわいそうやった。もういやなったんやろなぁ。また、毎日新聞に彫刻刀で生徒が刺したの刺さないのっていう事件がのってたし。

 そんな現場につっこんでいくんやから、生半可な気持ちやったら勤まれへん。講師をしていた経験から、そんなことはよくわかってるわい、という人もいるやろうけど、いままでとまったく違った責任が君の肩にかかるんやで。それはそれは大変な仕事や。それからな、学校は即戦力で君のことを扱うから、校内研修なんかあると思うなよ。何も教えてくれへんで。こりゃ自分でやらんとあかんって気持ちでないとなんともならんで。いそがしい先輩の先生が教えてくれるて思ったら、それは甘すぎるで。指導教官はな、いててもいてないのと同じやで。

 東京都では20代、30代の先生の離職率が高いらしい。現場や保護者についていけん、と。理想と現実が違いすぎて、退職届の提出となるらしいわ。横浜も川崎も、大都市はそうかわらん事情やろなぁ。そんだけ教員になるには覚悟が必要ということや。

 大阪府は勤務評定がはっきりするし、よくできる先生と指導力のない先生とでは、年収で20万〜30万も差が出るようになるようや。その仕組みはあんまりようわからんけど。で、教職員のキャリアの複線化というのがいわれてて、管理職以外の道も用意するようやで。将来の自分の教員的姿をどう描くかも考えとかなあかん。その前に、初任研でドジったらあかんで。

 泥のような現実に足をとられんと、頭上に輝く理想を忘れんなよ。初心忘れるべからずっていう言葉はほんまや。

 子どもをみつめんな、子どもがみてる同じ星をみつめろ。

 あかんかった人は受かった人を祝福し、耐えろ。受かった人は選ばれた栄誉を噛み締めて、絶対に辞めんなよ。辞めたら化けてでるで。

 また明日や。ええ明日にしろよ。

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